2023年に藤子・F・不二雄先生の生誕90周年を記念して、スティーブン・スピルバーグ監督から藤子プロにお祝いの手紙が届きました。
スピルバーグ作品を熱心に鑑賞していたことが判明しているF先生に対して、スピルバーグ監督とF作品との関係はこれまで明らかにされていませんでした。
手紙を送った経緯は不明であるものの、今回の手紙はスピルバーグ監督もF作品に何らかの関心を示していたことを証明する貴重な資料になるでしょう。
藤子・F・不二雄ミュージアムに展示されたこの手紙を紹介します。以下の写真は撮影可能期間に撮影したもので、ネット投稿も可とのことです。翻訳は筆者によります。

November 20, 2023
To our friends at Fujiko Pro,
Congratulations on your 90th anniversary of Fujimoto sensei’s birth!
I am moved and in awe of the expansive history of your company. The characters and the worlds that you have created, including Doreamon(*Doraemon) and the Sukoshi Fushigi stories, are timeless and beloved by so many generations of fans in countless countries. 90 years later, they continue to inspire dreams and imagination.
In admiration,
Steven Spielberg
2023年11月20日
藤子プロの皆様へ
藤本先生のご生誕90周年、誠におめでとうございます。
貴社の長い歴史に感銘を受けるとともに、畏敬の念を抱いております。ドラえもんや”すこし・ふしぎ”な物語をはじめとして、皆様が創り上げてこられたキャラクターや世界観は、時代を超え、無数の国々で、多くの世代のファンに愛されており、90年を経た今もなお、夢と想像力を刺激し続けています。
敬愛の念をこめて
スティーブン・スピルバーグ
※F先生は「すこし・ふしぎ」(Sukoshi Fushigi)を略してSFと称していました1。
映画ドラえもん『のび太の恐竜』(1980年)とスピルバーグ監督の代表作『E.T.』(1982年)はテーマなどに共通点が見られることもあり、スピルバーグ監督がドラえもんを鑑賞し影響を受けたのではないかという噂が一部の書籍などで紹介されています2。
しかし、このことを裏付ける資料はなく、『E.T.』の構想自体は映画ドラえもんより前にあったことが判明していることから、都市伝説の可能性が指摘されています。
「E.T.」のブルーレイ版に収録されたスティーブン・スピルバーグ監督のインタビューでは、「未知との遭遇」(77年)の制作時から構想があったと本人は語っているが、「ドラえもん」のキーワードは確認できなかった。(中略)いわゆる「都市伝説」かもしれない。
「映画の「都市伝説」」『読売新聞 夕刊』2013年12月27日号, 9面
また、東京都立図書館のレファレンス調査においても、スピルバーグ監督が1980年3月頃に来日したという記録やドラえもんその他のF作品について言及した記録は確認できませんでした。
ドラえもんと『E.T.』の物語に共通するテーマは、偶然だったのかもしれません。それでも、ふたりの想像力が時代と国境を越えて今回の手紙へとつながったのだとすれば、そこには確かな意味があるはずです。
他参考文献:「小特集 藤子・F・不二雄とSTARWARS & SF MOVIES3」(NeoUtopia 57号, pp.19-37)、「それでも『E.T.』は『のび太の恐竜』を元にしたと信じるのか」(ぷれしゃす・もーめんと)
スピルバーグ監督とF作品の関連を調査するに当たり、東京都立図書館様にレファレンス協力いただきました。調査内容は以下2点です。
- スピルバーグ監督による「ドラえもん」またはF作品への言及に関する資料
- 映画ドラえもん『のび太の恐竜』の公開時(1980年3月頃)におけるスピルバーグ監督の来日に関する資料
このことについて、2025年7月22日に①②ともに確認できずとのご回答を頂きました。詳細は次のとおりです。
図書:スピルバーグ監督についての以下伝記等の目次から『E.T.』制作と近い年代の記述等を通覧。
- アンドリュー・ユール『スティーブン・スピルバーグ 人生の果実』
- ジョン・バクスター『地球に落ちてきた男 スティーブン・スピルバーグ伝』
- フランク・サネッロ『はじめて書かれたスピルバーグの秘密』
- ダグラス・ブロード『スティーブン・スピルバーグ』
- 南波克行『スティーヴン・スピルバーグ』
- カシーン・ゲインズ『E.T.ビジュアル・ヒストリー完全版 スティーヴン・スピルバーグによる名作SFの全記録』
- リチャード・シッケル『スピルバーグ その世界と人生』
新聞・雑誌:データベースを関連キーワードで検索。雑誌記事は本文検索ができないため、記事タイトルから「E.T」またはスピルバーグ監督と日本の関係をテーマとした以下記事を確認。
- 「STEVEN SPIELBERG」『MORE』1983年2月号, pp.16-19, 集英社
- 「スピルバーグこそE.T.である」『Cut』2011年12月号, ロッキング・オン
- 「ルーカスとスピルバーグが会っても「日本のアニメ」の話ばかりしている」『サピオ』2000年1月12日号, pp.35-37, 小学館
調査データベース:都立図書館蔵書検索、国立国会図書館サーチ、国立国会図書館デジタルコレクション、Googleブックス、Google Scholar、CiNii、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、中日新聞(東京新聞)、産経新聞、日経テレコン、Nexis、ELDB、G-Search、ざっさくプラス、MAGAZINEPLUS、Web OYA-bunko
ご協力いただきました東京都立図書館様に心から感謝申し上げます。
(以下は本記事の要旨の英訳です。)
In 2023, to mark the 90th anniversary of Fujiko F. Fujio, the Japanese manga artist, Fujiko Pro received a congratulatory letter from director Steven Spielberg.
Although it remains unclear when Spielberg first became familiar with Fujiko F. Fujio’s works, the letter serves as valuable evidence of his interest in them.
November 20, 2023
To our friends at Fujiko Pro,
Congratulations on your 90th anniversary of Fujimoto sensei’s birth!
I am moved and in awe of the expansive history of your company. The characters and the worlds that you have created, including Doreamon(*Doraemon) and the Sukoshi Fushigi stories, are timeless and beloved by so many generations of fans in countless countries. 90 years later, they continue to inspire dreams and imagination.
In admiration,
Steven Spielberg
According to the Fujiko F. Fujio Museum:
Mr. Fujiko F. Fujio, a movie enthusiast, also took a keen interest in director Steven Spielberg and eagerly watched his films, including Duel, Jaws, and E.T. When the novel Jurassic Park was released in Japan, he contributed a comment to the book and excitedly told his family, “Spielberg is going to turn this into a movie!” He was really looking forward to it.
*Fujimoto sensei: The real name of Fujiko F. Fujio was Fujimoto Hiroshi.
*Sukoshi Fushigi: Fujiko F once said, “For me, SF stands not for Science Fiction, but for Sukoshi Fushigi — a little mysterious.”
- 「僕にとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、「少し不思議な物語」のSとFなのです」:『藤子・F・不二雄の発想術』p.140, 2014, 小学館、初出は藤子不二雄ランド『少年SF短編 2』1989, 中央公論社[↩]
- 「『野生のエルザ』にヒントを得て、後に『E.T.』に多大な影響を与えたといわれる記念すべき作品」(『藤子・F・不二雄の世界』p.48, 1997, 小学館)、「記念すべき第1作『のび太の恐竜』を、たまたま来日していたスティーブン・スピルバーグ監督も鑑賞していったらしい」(『ド・ラ・カルト』p.140, 1998, 小学館)[↩]
- 目次:「F作品の中のSTARWARS」(pp.20-21)、「ジャンクハンター吉田さんインタビュー」(pp.22-27)、「たかや健二さんインタビュー」(pp.28-32)、「F作品の中のSF映画」(pp.33-35)、「F作品好きのための映画ガイド」(pp.36-37)[↩]