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頭が良くてハンサムでスポーツマンで明るい、非の打ち所がないイケメンの出木杉くん。彼のフルネームが登場することはほとんどないため、アニメの「ぼくは出木杉英才(ひでとし)」という自己紹介で下の名前を初めて知って驚いた方は多いのではないでしょうか1。
しかし、この「英才(ひでとし)」という名前は当初から設定されていたものではありませんでした。現在の公式設定「出木杉英才(ひでとし)」という本名は、じつは何度も変遷を経たうえでようやく定まったものだったのです。
出木杉くんの本名は、次のとおり変わっていきました。
- ①明智
- ②明智と出木杉(混在)
- ③出木杉
- ④出木杉太郎
- ⑤出木杉英才
- ⑥出木杉英才(えいさい)
- ⑦出木杉英才(ひでとし)
- ⑧出来杉【番外編】
(仮設定)
いきなり出木杉から外れますが、内々の仮設定では出木杉くんに当たる人物が「明智」と呼ばれていたことがわかっています。
藤子・F・不二雄ミュージアムでは、原作における出木杉くん初登場回「ドラえもんとドラミちゃん」の原画が展示されています。以下は撮影が可能な一時期に撮影した原画です。
のちの本編で「出木杉」とされている部分がすべて「明智」と書かれています。藤子・F・不二雄ミュージアム公式ブログでも同様の内容が紹介されています。
この「明智」という名字は最終的には「出木杉」に変更されたため、この設定は本来明らかになるはずのないものでした。しかし、雑誌掲載時に思わぬミスでこの明智設定が登場することになったのです。
(1979年9月 Case 1)
以下はコロコロコミック本誌に掲載された「ドラえもんとドラミちゃん」です。一番最初だけのび太が「明智」と呼んでいます。
本話において、出木杉くんに当たる人物は8回呼ばれます。最初の1回のみ「明智」、他は「出木杉」でした。明智と出木杉という2人の人物がいるとも読めますが、①と③から推測するとそうではないようです。
(1979年9月 Case 2)
「ドラえもんとドラミちゃん」が掲載されているコロコロコミックは、2バージョンあることが確認されています2。後のバージョンでは「明智」が「出木杉」に修正されています3。このことから「明智」は単純な誤植であったことがわかります。
修正後の「ドラえもんとドラミちゃん」はてんとう虫コミックスプラス4巻に収録されています。
(1979年10月)
「税金鳥」にて、出木杉くんのフルネームが初登場します。「出木杉太郎(たろう)」です。てんとう虫コミックス22巻初版にも同様の内容で収録されています。
(1980年9月)
「透視シールで大ピンチ」でも出木杉くんの本名が登場します。しかし「税金鳥」で設定された「出木杉太郎」ではなく「出木杉英才」でした。
最終的にはこの設定が採用されるのですが、セリフではなく絵として描写されたため、雑誌掲載版・単行本版ともルビが振られておらず読み方が不明です。このことが後に大問題を引き起こします。
「透視シールで大ピンチ」はてんとう虫コミックス23巻に収録されています。
(1989年12月)
しばらくの間ふたつの名前が併存していましたが、西田真基氏による「まんが版ドラえもん百科」において出木杉くんの本名は「英才」とされます。
その後、「太郎」とされていた「税金鳥」についても、てんとう虫コミックスの増刷版などで「出木杉英才」に修正され設定が完全に統一されました。ルビは「えいさい」です。
(1998年3月頃から現在まで)
現在の公式設定です。「ひでとし」に変更されたのは、小学館ドラえもんルーム編集の『ド・ラ・カルト』に記載された説がきっかけとされています4。
その内容から「名前の読み方は『ひでとし』『えいさい』の2説あるが、『ひでとし』が有力5」と認められ、事実上「出木杉英才(ひでとし)」が公式設定として採用されました。単行本の「税金鳥」のルビも「ひでとし」に修正されます。
ひでとし説の根拠は次の2点です。
- 出木杉くんの未来の息子が「ヒデヨ」
- 同作者の単発短編「考える足」の主人公の名前が「英才(ひでとし)」
このことは、てんとう虫コミックス40巻「しずちゃんをとりもどせ」にて確認できます。のび太の息子が「ノビスケ」であるように、出木杉も「ヒデ」と読む名前ではないかという推測です。
同作者によるノンシリーズの単発短編「考える足」の主人公は「英才」です。そして、雑誌掲載版および作者存命時に発行された単行本初版のルビは「ひでとし」でした。
「考える足」は『コンプリート・ワークス 8』や『藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編 2』などに収録されています。紙版で気軽に読みたい方はコンプリート・ワークスを、大判または電子版で読みたい方は藤子・F・不二雄大全集をおすすめします。
「出来杉」くんではなく「出木杉」くんです。出木杉くんはのび太にとっての恋敵ではありますが、対等に話ができる良き友人でもあり、強い信頼関係が感じられるキャラクターです。そんな出木杉くんをこれからもよろしくお願いします!
なお、本記事は明治大学の米沢嘉博記念図書館(@yone_lib)様のご協力(レファレンス・資料提供)により執筆することができました。心から感謝申し上げます。
先行研究:『ドラえもんFanClub』、『藤子不二雄atRANDOM』
てんとう虫コミックス22巻「税金鳥」において、1992年12月30日第43刷では「太郎」、1995年7月30日第51刷では「英才(えいさい)」であることが確認できています。つまり、1993年頃から1995年頃のどこかで「英才(えいさい)」に修正されています。
作者がルビまで含めて確認したのかという問題はありますが6、作者存命時(1996年9月没)の修正であることは大きく、「えいさい」説を補強する根拠になり得ると考えます。
『ド・ラ・カルト』が発行されたのは1997年12月ですので、それ以降に修正されたということになります。文庫『エスプリ編』の初版である1998年1月10日時点では「えいさい」でした。その後、『最新ドラえもんひみつ百科 1』(1998年3月25日初版)から1998年3月頃には「ひでとし」とされたことが確認できます。
もっとも、2001年発行の決定版ドラえもん大事典では「えいさい」ただし「ひでとし」という説もあるとされ7、「ひでとし」が有力説として完全に定着したのはさらに後であることが伺えます。
- 出木杉くん初登場「ドラえもんとドラミちゃん」:プラス4巻
- 出木杉くんの本名初判明「税金鳥」:22巻
- 出木杉くんの本名判明その2「透視シールで大ピンチ」 :23巻
- 出木杉くんの息子が「ヒデヨ」であることが判明「しずちゃんをとりもどせ」 :40巻
- ひでとし説提唱書籍:『ド・ラ・カルト ドラえもん通の本』
- 単発短編「考える足」(主人公が英才):『コンプリート・ワークス 8』・『藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編 2』
本記事の執筆に当たり、国立国会図書館と米沢嘉博記念図書館の資料を多く利用させていただきました。両図書館の所蔵資料について紹介します。
国立国会図書館
- コロコロコミック1979年9月号:「ドラえもんとドラミちゃん」(出木杉版)
- 小学四年生1979年10月号:「税金鳥」
- てんとう虫コミックス22巻(1981年8月25日初版):「税金鳥」(太郎版)
- 小学六年生1980年9月号:「透視シールで大ピンチ」
- コロコロコミック1989年12月号:「まんが版ドラえもん百科」
明治大学・米沢嘉博記念図書館
- コロコロコミック1979年9月号:「ドラえもんとドラミちゃん」(明智版)
- てんとう虫コミックス22巻(1981年8月25日初版):「税金鳥」(太郎版)
- てんとう虫コミックス22巻(2000年12月30日第68刷):「税金鳥」(英才(ひでとし)版)
- コロコロコミック1989年12月号:「まんが版ドラえもん百科」
- マンガ少年1977年6月号:「考える足」
「税金鳥」における出木杉くんの記載について筆者が確認した書籍をまとめます。
- 出木杉太郎: てんとう虫コミックス22巻(1992年12月30日第43刷)/藤子不二雄ランド25巻(1986年6月13日初版)/藤子・F・不二雄大全集9巻(2010年8月30日初版)
- 出木杉英才(えいさい):てんとう虫コミックス22巻(1995年7月30日第51刷)/文庫エスプリ編(1998年1月10日初版および2007年3月20日第23刷)/文庫DXドキリ風刺編(2004年8月1日第5刷)
- 出木杉英才(ひでとし):てんとう虫コミックス22巻(2000年12月30日第68刷)/学年別小学四年生(2019年9月23日第2刷)
雑誌掲載版を重視した編集方針の全集では「太郎」で収録されています。また、文庫や文庫DXでは増刷版でも「ひでとし」に修正されていないようです。なお、文庫DXの初版発行は2000年10月10日です。
- 2021年4月3日放送「プロフィールを盛っちゃえ」[↩]
- 先行研究:ネオ・ユートピア『129.3 mini』p.36[↩]
- 修正の影響なのか、文字が少しかすれています。[↩]
- 『ド・ラ・カルト』p.115. 1997、『ドラえもんFanClub』 なお、ひでとし説自体は、日本ドラえもん党『野比家の真実』(p.148. 1993. ワニブックス)で既出[↩]
- 『ドラえもん深読みガイド』p.46. 2006、ドラえもん公式サイト『ドラえもんチャンネル』[↩]
- 『のび太の魔界大冒険』の美夜子(みよこ)さんは、作者の意図とは異なるルビが振られた事案です。作者の意図は、猫の鳴き声にかけて「みやこ」:『NeoUtopia 49号』p.66. 綿引勝美氏コメント[↩]
- p.271[↩]