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1980年からほぼ毎年劇場版が制作されているドラえもんシリーズ。すでに40作以上の作品が公開されており、どれを観ればいいか迷いますね。
今回は筆者にとっての映画ドラえもん最高傑作『新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ天使たち~』を紹介します。
本作は、現代の価値観をベースに原作を再構成したもので、まさに新生ドラえもんです。だからこそ、原作をお読みの方、大山のぶ代さんの旧作をご存じの方、完全に初見の方、すべての方にご覧いただきたい本当のイチオシ映画となります。
以下、核心部分のネタバレは避けた形で作品の内容に触れます。ご注意ください。
そもそも、本作は原作からしてかなり特異な作品です。
映画ドラえもんにはテンプレートが存在します。非日常世界に入り込み、その世界のゲストキャラクターとともに冒険し敵を打ち倒す、そのような流れが一般的です。作品にもよりますが、ドラえもんたちの冒険にスポットが当たることが多いです。
しかし、本作については、ゲスト自身の内心の葛藤をメインとして物語が進行します。特に新・鉄人兵団の魅力は、ゲストが自身の思いやりの心に気づいてしまう、でもそれを認めることができない、その葛藤に収斂されます。中でも心情の機微の描き方が非常に優れています。
本作のゲストキャラクターのリルルは、ロボットが主権を持つメカトピアという異星からやってきた侵略者です。しかし、敵であるのび太たちと交流することで、自身の使命に疑問を抱くこととなります。
さまざまなエピソードはあるものの、原作や旧劇場版ではこのあたりの心変わりが唐突な点は否めません。最終的には、彼女が個人としてのび太たちの味方となってくれただけであり、結局敵方全体とわかり合える可能性は存在しませんでした。
新・鉄人兵団では、彼女の祖国であるメカトピアの背景やリルル自身の行動描写を増やし、何度も何度ものび太たちと重ね合わせることで、現代風の異文化コミュニケーションを描いた作品となりました。
本作のテーマは「思いやりの心」です1。過去作では、ロボットであるリルルに心が生まれました。本来存在しないものが生まれたのは、彼女が「特別」な存在だったから。
新作では違います。本来誰にでも存在する思いやりの心に「気づく」のです。
平等思想により奴隷制度が撤廃されても、差別が根強く残っているメカトピア。そんな中、彼女は「ただの気まぐれ」で「意味もなく」他者を助けます。じつは、これは思いやりの心による行動で、他のロボットたちにも存在するものです。しかし、誰もが追い詰められている状況において、皆はそれを認識することができません。
彼女は地球侵略の途中で今度はのび太たちから救われることになり、以前の自身の行動を思い起こし、重ね合わせ、気づいてしまいます。人間と自分たちロボットとは同等で、互いに理解し合える存在であると。
しかし、それを認めることはできません。地球侵略の正当性がなくなってしまいます2。自身の感情と祖国への愛とで板挟みになった彼女の運命の続きは映画でお楽しみください。
新・鉄人兵団は寺本幸代監督とリルル役の沢城みゆきさんにより完成した奇跡の名作です。
少なくとも2011年公開当時において、鉄人兵団という作品は特別なロボットが人間になる物語と解釈されるのが一般的で、相互理解の物語として解釈されることは少なかった印象です。しかし、おふたりは違いました。
このことは、本作に関する沢城さんのコメントで確信しました。
公式サイトに掲載されたインタビュー。現在は削除されており、視聴する手段が存在しないため直接引用3。
最初は、クールというか、特別な女の子だと思っていました。でも、演じていくうちに「葛藤したり迷ったりする普通の女の子なのかも」と思い監督に伺ったら「そうなんです。ぜひ普通に」と。(要約)
宇宙、そして過去も未来も救うような、すごくスケールの大きな役だったので、最初は少しプレッシャーにも感じていたんです。でも、やっていくうちに「宇宙を救いたい訳ではなくて、自分の大事な友達を救いたいんだ。私にもあるじゃないか、その気持ちなら」と思って、最後はロボットや人間ということも超えて、とっても近くにリルルを感じました。
東宝HOT NEWS「ザンダクロス点灯イベント・初日舞台挨拶」(2011.3.5)
さらに、ひとつのキャラクターや物語の枠にとどまらず、「ドラえもんの文化に参加しているというか、この先ずっと残っていくロールにセリフを当てていると思うと震える」というご認識も素敵で、映画ドラえもんが時代を超えて継承されていく文化的遺産であるという本質に対する深い理解と、役者としての真摯な姿勢が伝わってきます。
集うことのすごさを改めて感じたという沢城さんが、ひとりでは創ることのできない映像作品において寺本監督と交錯したこともまた運命だったのかもしれません。まさにミラクルメイカーなおふたりは、怪盗ジョーカーというアニメで再会します。こちらもたいへん面白いアニメですので、よろしくお願いします。
本作のレンタル版はDVDのみとなり、BDは存在しません。綺麗な映像で鑑賞されたい方はぜひセル版をご購入ください。
セル版については、次の4種類存在します。
- ブルーレイスペシャル版(特典:設定資料集&絵コンテ集)
- ブルーレイ通常版
- ブルーレイ&DVDファミリーパック版(BDとDVDが1枚ずつ)
- DVD通常版
セル版をご購入したくなるほど本作が好きな方に対しては、ブルーレイスペシャル版をおすすめします。特典の内容が充実しており、特に寺本幸代監督やキャラクターデザインの金子志津枝さんが好きな方は必見です。
映画ドラえもんは各社で定期的に期間限定で配信されています。配信実績を確認しているサービスはドラえもんTV・Amazonプライムビデオ・Netflix・ABEMA・TELASAです。まずはこれらのサービスを検索してみてください。
新・鉄人兵団をお楽しみいただきありがとうございます。同様の作品を他にも観たくなりますよね? 寺本幸代監督が担当したドラえもん作品からおすすめを紹介します。
いきなりですが、本作は賛否両論激しく、特に原作既読者の評価が分かれる印象です。本作が大好きな筆者も、原作とは別作品と考えています。満月一家の描写を追加し、美夜子さんの物語となりました。新・鉄人兵団の心情描写がお好みの方におすすめ。
原作のないオリジナル映画で特に評価の高い一作。監督が非常に楽しんで本作を制作したことが行き交う大量のひみつ道具から伝わってきます。寺本さんの監督4作の中では一番娯楽に寄った作品です。
神秘的な世界観や丁寧な心情描写といった過去作の要素を引き継ぎつつ、新たにアクションを加えた寺本監督の集大成です。映画ドラえもん史上最大の戦闘シーンと絶望感は必見of必見。戦闘まで描ける寺本監督は完璧超人ですか?
新・鉄人兵団が好きなら観ないという選択肢はそもそもない。「寺本さんが鉄人兵団をリメイクするのでは?」と本作によって噂され、後にそれは現実となりました。のび太に懐いた少女ロボットの恋の行方を描きます。釘宮理恵さんがゲストを担当し話題になりました。
鉄人兵団の原型ともいえる本作。壊れて止まらなくなった巨大ロボット、彼に心はあるのでしょうか? アニメオリジナルの繊細な描写が光ります。それにしても寺本さんののびドラコンビってどうしてこんなにかわいいの。
その他、おもしろいアニメドラえもんを観たいという方は次の記事をご覧ください。ちなみに「天の川鉄道の夜」と「ドラマチックガス」が寺本さん担当作です。
以下、本作のラストシーンのネタバレを含みます。少なくとも原作または新旧映画のいずれか、できれば新作映画の視聴後にお読みください。
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じつは、リルルが復活する印象的なラストシーンはコロコロコミックではページ数の都合で存在せず4、映画公開前の連載時は次のようにあっさりとした終わり方になっていました。

しかし、読後感を重視する作者としては、最後に救いを描けなかったことが心残りだったようです5。作者は子ども向けの物語が悲劇で終わることを好まなかったので6、その点の配慮もあったのかもしれません。映画の制作現場との調整を経て7、映画ではリルルの復活で終幕、その後原作でも追加で同様の描き足しが行われました。
本シーンは原作ではリルル視点からのび太を見下ろす構図にて描かれ、水田版ではのび太視点ではあるものの逆光で正体がはっきりしません。幻と示唆するようにもみえる描写がより印象を深くしています8。

鉄人兵団の原作は単行本での加筆修正が多く、他にはリルルがのび太に自身を撃つよう懇願する場面も映画で先行して描かれました。重要なシーンであることに加えて描写が異なるので、原作と大山版で印象が変わる方もいるのではないでしょうか。
このように本作は原作と映画で解釈が異なる部分があることも魅力的です。本作が好きな方は、1作だけでなく原作や新旧映画をそれぞれ鑑賞すると、よりお楽しみいただけると思います。
筆者は水田版でしずかとリルルが互いに呼び捨てだったことに感動しました9。20年以上の時を経て、ふたりは本当の友達になれたと信じています。
参考文献:「寺本幸代監督インタビュー」『Neo Utopia 51号』(2011, pp.64-73)、「描き加えられたラストシーン」『ぼくドラえもん 7号』(2004, p.13)
- 寺本監督は思いやりの心について、「相手の気持ちになって考えなさい」という言葉を意識したとのこと。:東宝HOT NEWS「ザンダクロス点灯イベント・初日舞台挨拶」(2011.3.5)[↩]
- 自身が「気まぐれ」で助けた相手に「もしかしたら人間も」「本当はもう、きみだって」と問われ、心を閉ざしてしまうシーンは胸が痛みます。[↩]
- 記録として以下記事に内容書き起こし:映画ドラえもん『新・のび太と鉄人兵団』 リルル役・沢城みゆきさんインタビュー[↩]
- 大全集『大長編ドラえもん 3』p.432, たかや健二氏コメント[↩]
- 平山隆氏コメント:『ハイパーホビー』p.173, 2011年5月号、渋谷直角『定本コロコロ爆伝!! 1977-2009』p.117, p.128[↩]
- 『ポピュラーサイエンス日本版 vol.47』p.36, 2004年10月号, トランスワールドジャパン, 長女・匡美氏コメント[↩]
- 『Fライフ 4号』p.33, 芝山努監督コメント[↩]
- 物語としては、リルルを目撃したのがのび太だからこそ幻である可能性もあるようで余韻が素敵だと思います。しずかちゃんだと想像の余地がちょっぴり少なくなってしまう気がします。[↩]
- 名前の呼び方:原作「リルルさん↔(なし)」、大山版「リルル↔しずかさん」、水田版「リルル↔しずか」[↩]